ふだん見逃されがちなポケットは、現代の衣服に欠かせないディテール。必要なものをさりげなく身につけられるこの機能は、約250年ほど前に登場し、いまや私たちのワードローブの中で特別なものとなっています。
「ポケット」は、袋を意味する古いフランス語「poque」に由来する言葉。かつては体に結びつけて使う小さな袋を指し、徐々に現在のような衣服に縫い込まれたデザインに変化してきました。政治的な変革や男女の役割変化、日常生活におけるニーズの進化などの影響を受けた豊かな歴史を持つポケットは、驚くほど深い文化的意義を持っています。
そこで、コートールド美術研究所(The Courtauld Institute of Art)で教鞭を執るファッション史研究家、レベッカ・アーノルド博士(Rebecca Arnold)に、私たちが愛してやまないポケットについて尋ねました。
1947年、ニューヨーク近代美術館で『Are Clothes Modern?(衣服はモダンか?)』と題した展覧会が開催されました。その問いへの答えのひとつとなったのは、当時のメンズウェアに付けられていたポケットの数と実用性です。展覧会のキュレーター、バーナード・ルドフスキー(Bernard Rudofsky)は、当時の紳士服にポケットが多すぎること(彼が数えた服には24か所)、そのほとんどが使われていないことを嘆きました。合理化が必要だ、とルドフスキーは考えました。現代の生活で本当に必要とされるポケットの数は、いくつでしょうか?
皮肉にも20世紀半ばの当時、アメリカでは女性の服がポケットの黄金時代を迎えていました。女性の服に実用的なものは必要ないとされていたため、歴史的に見て女性の服はポケットのないデザインが主流でしたが、ニューヨークのデザイナーたちはさまざまなポケットの可能性を追求しました。ヴェラ・マクスウェル(Vera Maxwell)がデザインしたツイードコートにはファスナー付きの大きなポケットがあり、その内部は外出の際に化粧品を収納できるプラスチック製の仕切りが付いていました。また、ボニー・カシン(Bonnie Cashin)がデザインした千鳥格子のギャザースカートには、現金を持ち運べるように、財布のようなポケット(真ちゅうの留め具付き)が付いていました。
しかし、なんといってもポケットの女王はクレア・マッカーデル(Claire McCardell)でしょう。オールインワンからイブニングドレスまで、あらゆるアイテムにさまざまなデザインのポケットを付けただけでなく、この地味なアイテムが女性のライフスタイルに与える影響を理解していました。1956年に出版されたマッカーデルの著書、『あなたが着るべきもの ― ファッションにおける5W1H(What Shall I Wear? The What When Where and How Much of Fashion)』では、「ポケット:毎日の衣服に不可欠でとても便利。時にヒップ周りをデザイン的に強調したり、手を入れたりできる場所」と書いています。この一文で、彼女はポケットの重要な要素を3つとらえました。それは、物を入れられる、デザイナーがシルエットを作ることができる、着る人のジェスチャーや態度に影響を与える、ということ。手を温めるときや、自信のある態度を示すときなど、ポケットに手を入れたことがない人などいないでしょう。
ポケットは、私たちが何を着て、どのような姿勢で、どう生きるかを表す要素です。外から見えるものや見えないもの、フェイクポケットや機能的なポケット。過ぎし時の習慣を今に伝え(ジーンズの小さなポケットは懐中時計を入れるものでした)、日常生活に欠かせない存在であり続けながら、未来に向けて問いかけています。「真にモダンなポケットとはどのようなものだろうう?」と。
文:レベッカ・アーノルド、英語から翻訳
『Are Clothes Modern?(洋服はモダンか?)』の展示風景。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、1944年11月28日〜1945年3月4日。ゼラチンシルバープリント、17.7 x 20.9 cm。アーカイブ写真、ニューヨーク近代美術館所蔵。撮影:Soichi Sunami(著作権不明)。カタログ番号:IN269.10 © 2017. Digital image, The Museum of Modern Art, New York/Scala, Florence
レベッカ・アーノルド博士は、ロンドンのコートールド美術研究所(Courtauld Institute of Arts)で服飾とテキスタイル史を教えるオーク財団上級講師。学生と共に膨大な情報を集めているプロジェクト『Documenting Fashion(ファッションを記録する)』で、イメージ、モノ、文章、体験、産業などのあらゆる形態におけるファッションの世界と歴史を記録しています。
